憲法が日本を滅ぼしている
2009-05-30 Sat 21:04:49
憲法が日本を滅ぼしている社稷に変わった憲法とすれば、意味が正反対になっている事に気づく?
社稷というのは基本と同語で、日本語の重複に値します。
神と社稷は同じもので、憲法は仏や宗教と同じになります。
生きていく上で、人間はどちらに、従えばいいのか?
それは、今の日本ではすべてが、憲法が正しいと感じています。
ですから、今の日本は荒れて古代のように、なっているといえましょう。
今の皇室ですら、クリスチャンから抜け切れないといいます。
天皇であるはずが、現実には違うのです。
歴史上の天皇のつながりは、どこにも証拠はないのです。
五月の連休後に、先祖の菩提寺大覚寺にいって、始めて変わりように、呆れていまいました
宮家の先祖児島高徳事大徳寺大僧正が、居た事すら、消されているではありませんか?
更に嵯峨天皇や宇多天皇の位牌の右手に、無関係な明治天皇の位牌があるではありませんか?
驚いて祖先に対し無礼な振る舞いについ怒りがこみ上げ、京都府庁の文教課の松村明日香氏に、歴史の真実をを国民に伝える義務が、あると申し入れました。
ほおっておけば、正しいとなのからです、何も知らない日本人がです。
今の日本人も、皇室の真実は誰一人として、不透明で全然わかって、いないで、天皇さんとして、国税を納めているのです。
皇太子も真実の皇太子ではないのです。
それを調査すれば、なんと帝国大学、東大の初期の、久米教授が、架空説を唱えていたのが、原因である事が、判りました。
日本で一番頭の良いと言われていた、東大が、架空説にしたのは?何かの陰謀があると、なり、さらに、調査したら、明治革命に関係がある事が、判りました。
歴代の天皇が祭ってきた神は韓国神であるという論文を1891年10月、東大の久米 邦武教授が発表している。
1891(明治24)年
、帝国大学教授久米邦武が「神道は祭天の古俗」と論じて、翌年に職を追われる事件がおきたことが記されています。神道家や国学者の非難を浴び、翌年に教授を辞した。
立花隆氏の大著『天皇と東大』を読んでからである。
東大・京大の教授たちは、これを大学の自治と学問の自由への侵害と捉え、総辞職を宣言した。その結果、戸水は復職。山川は東大には戻らなかったが、のち京大・九州大の総長になっている。
国定教科書から締め出された私立大学(早稲田)教授連の、文部省と帝国大学に対する反感から発しているという説もある。
歴代の天皇が祭ってきた神は韓国神であるという論文を1891年10月
、東大の久米邦武教授 が発表している。 天孫民族である朝鮮民族が日本に渡り、古代
日本を治めたと主張する学者は久米教授だけ ではない。岡正雄教授などもそうだ。
このような間違った、何も知らない歴史教授が口にしているのです。
何が天孫民族である朝鮮民族ですか、イラクのウバイドと、していたのは、最近の東大調査ではありませんか?
朝鮮国は韓国と同じ、民族であって、古代の百済は日本人が統治していたのです。ここに間違いがあるのです。
何故覆い隠そうとしているのか?答えは皇室の正体にあるのです。
久米が
帝大文科大学教授を非職になる
明治中期に「神道は祭天の古俗」と断じたのが,当時帝国大学〔東京帝国大学となるのは
1897年〕歴史学教授久米邦武であった。明治24〔1891〕年,廃仏毀釈の嵐の吹き荒れる
なか,久米は「歴史と神話を混同するな」「日本人の信仰には故人崇拝無し」。肥前佐賀藩に生まれ,藩士久米邦郷と和嘉の3男。安政1(1854)年藩校弘道館に入り大隈重信らと学ぶ。ここに秘密が隠されていた
大方の原因は、革命の大隈重信に、影響していたことが、わかっています。
云いかえれば東大や早稲田大学は革命派大隈重信の、創設した学問所というわけです。大隈重信は大正天皇の實父とされています。
これで大方の察しがつくでしょう。
何故社稷「児島高徳」を葬ったのか?がここにあります。
「児島高徳」後胤宮家では大変迷惑しています。
立花隆氏の大著『天皇と東大』何故「児島高徳」架空説が出てきたのか?それが、革命の原因の目玉に、なっていたのです。
この「児島高徳」が宮家の先祖にあたり、宮家に社稷が保たれているので。
革命後、廃物稀釈が白人によって、長崎塾のフルベッキに、そそのかされた志士は、岩倉具視や大室虎吉なる、孝明天皇を暗殺した、犯人によって、起こされたのです。
これが歴史上の神社仏閣に残る、古文書を、焼き尽くして証拠隠滅を、図ったのです。
だがそれでも、証拠は、語りつかれていたので、学問の進めとした、福澤諭吉の教育が明治に、始まったのに乗じて、帝国大学を最上としました。
大学の目的は、歴史の変わりに新しく作りかえる事を目的としたのです。
丁度NHK放送やテレビで、歴史番組で、作者の都合で有りもしない歴史物語に改竄したのと、学問は同じ目的という結果になります。